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(社)日本ネイチャーゲーム協会 事務局スタッフの日記


by jnga-diary
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哀愁紀行

男は、車窓に流れる風景をぼーっと目で追っていた。

ローカル線はしばらく住宅地を走っていたのだが、
ほどなく海岸沿いに出てきた。
ここは青森県八戸市。

海が一気に広がるまえに漁港が見えてきた。
平日のお昼ということもあってか、車内には半分ぐらいのお客しか乗っていない。
地元のおばちゃんと思われる3人組の会話が車内に響いている。
他の若者はヘッドフォンを耳にあて音楽を聞き入っているようだ。
30代40代と思われる営業マン風の男は、
ゆっくりとかばんの中の資料を取り出して次の訪問先の作戦でも練っているのだろうか。
あきらかに地元とわかるその人たちは、あえて車窓の風景を楽しもうという感じではなかった。

反して旅の者である男はしっかりと風景を見つめていた。
そしてここが漁港であるということは、すぐにわかった…ウミネコがものすごく多いのだ。
至るところに飛んでいる。

ここは、青森県八戸市…日本有数のウミネコの繁殖地で、
それを観光の目玉ともしているらしい。
車内にあった観光ガイドマップを広げると、
確かに「ウミネコ」のことがしっかりと書いてある。

そのウミネコを見た男は、ふと頭の中で歌った…
♪「かもめぇ〜がとんだぁ〜、かもめぇがとんだぁ〜、
あなたはひとりで生きられるのねぇぇぇ…」
このフレーズの繰り返しである。
この際、ウミネコでもカモメでも、それはどうでもよいことである。
意識して歌を探したわけじゃない。瞬間的にメロディーが浮かんできた。
よくテレビドラマを見ていると、場面場面には必ずBGMが流れるが、それと同じだ。
きっとこの男の表情をアップでとらえたら、音効はそんな曲をつけただろう。

その時、男はある風景を思い出した。
「あっ、青森港…!」と。

青森港の岸壁にはかつての青函連絡船
「八甲田丸」が観光保存されている。
男は青森に出張に行くと、帰りがてら
いつも立ち寄るお好みコースなのだが、
船の前には「津軽海峡冬景色」の碑がある。

もう何年も前にここを訪れた時、「ナンだナンだ、何が書いてあるのだ」と
近寄って行ったらいきなりその碑が歌いだしたのだ。
♪上野発の夜行列車降りた時からぁぁ〜

この地を歌ったいわずと知れた昭和の大ヒット曲である。
いきなり歌いだすものだからびっくりしたが、
すぐに一緒に歌ってしまうのは
きっと同じ世代だからことできる技なのであろう。
よく見ると、その碑の真ん中にセンサーがあり、
人や車や何かしらを感知すると
あのイントロからフルコーラスで曲が流れる。
男が訪れるのは、たいがい平日の午前中という時間なので
他の観光客もほとんどいなく、
いつもその碑の前で3回ほど歌ってくるのであった。

そんなことを思い出しつつ、列車は漁港を通り過ぎた。
そして一気に海岸線に出て、広い水平線を眺めるようにゆっくりと南下し始めた。
「おぉ、海だ!大きいなぁ、青いなぁ…」と思った男は
♪海よぉ〜おれの海よぉ〜大きなぁその愛よぉぉ〜と、また歌った。
決して他の乗客に聴こえるような声ではなく、
頭の中で何回も同じフレーズが
繰り返されているだけなのだ。
次の新たな風景に変わるまで、その曲はリピートされ続けた。
しかし、
♪海は広いな大きいなぁ、ではなくて、
♪海よぉおれの海よぉ…というところが男のこだわりらしい。

単線なのでいくつもの駅で上りの列車とホームで入れ替えを行い、
目的地の駅へ男は降り立った。
改札口がぽつんとひとつだけある無人駅。
誰も他の乗客は降りないで「オレひとりかぁ」と思ったその時、
男はまた頭の中に曲がぐるんぐるんと湧いてきた。

♪ひとりのゾウさんクモの巣に、かかってあそんでおりました。
あんまり愉快になったので、も一人おいでと呼びました〜

重い荷物をよっこらしょっと肩にかけ直しつつ、
♪ふたりのゾウさんクモの巣に…三人のゾウさんクモの巣に…
と、今度は誰もいない道を歩きながら、少し声を出しつつ歩き始めた。

なんて平和でのんびりした風景なのだろう。
つい6時間前までせわしい東京にいた男には、
後ろを振り返れば山、目の前には海、海へつながる道には民宿や駅前食堂
などがあるこの優雅な風景がそうとうまぶしく映ったようだ。
蒸し暑い9月の東京から秋の気配があっちこっち漂う
この土地の空気や気候も気分をもり立てている
要因であることは言うまでもない。

途中の道ばたにはススキの大群も見られた。
と、その時男は歌った…
♪まずぅしさにぃ〜まけたぁ。いいえ、せけんにまけたぁ〜

[続く]
by jnga-diary | 2006-09-29 16:09 | ノンフィクション